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榊は、小枝の言葉を全て伝えるべきか迷っていた。
「知っている事は全部話せ。頼むから」
貴彦は榊を必死の形相で睨み、にじり寄る。
「小枝さんは、無理だ…と言っていた」
貴彦にはショックだった。心臓は鼓動を速め、大声で叫び出しそうなほど混乱していた。
「どういう意味で?僕に会うことをか?結婚か?それとも…その話をすることを?」
貴彦への同情で、榊自身も苦しくなっていた。
「全部の意味で、受け取っていいと思う」
貴彦は打ちひしがれ、そんな馬鹿なと力なく声を上げた。
榊は貴彦の身体が心配になった。これほど落ち込む貴彦を初めて目にしていた。
「気休めかもしれないが、小枝さんのお前への気持ちは変わっていない」
貴彦は微笑を漏らす。
「彼女は頑固なんだ」
榊はなんとなく思い至る。
「うん、そうかもな。
…とにかく、2、3日彼女に時間をあげてみたらどうだ?」
時間をあげるのはいいが、あけすぎても良くないのではと、貴彦は考え込む。
榊は立ち上がり、元気づけるように貴彦の肩を叩く。
「あまりくよくよ悩むと身体に障るぞ…じゃあな」
榊は部屋を出た。
だが、気になって、エレベーターを降りてすぐ貴彦に電話をかける。
貴彦はすぐに出た。きっと彼女からだと思ったろうと、榊は苦笑いを浮かべる。
「一つ言わせろ。お前たちのイザコザに巻き込まれた当然の権利だ。
お前たちはもっとお互いに信じ合うべきだ。もっと、初めからそうするべきだった。これからもそうだ。
俺ならそうする…じゃあな」
貴彦がひと言も発する間もなく、電話は切れた。
(信じる…信じているさ。もちろうそうさ。だからこそ結婚しようとしているんじゃないか。)
貴彦は榊に反発を感じたが、榊は自分たちのことを知る唯一の人間だった。
そして、その言葉の意味するところは、真実であり解決策でもあることに貴彦は気づいていた。
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