決意

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貴彦からの着信は、その後毎日昼前後にあった。 その着信を無視し続けることに、小枝は苦しまなければならなかった。 毎日貴彦を思い、切なさに胸が潰れる。 (貴彦さんに会いたい) (貴彦さん、ごめんなさい…) 着信音が途切れる度、小枝の心は引き裂かれる。 10月に入ってすぐの最初の金曜日、昼過ぎに夫が帰宅する。 小枝とはお盆休み以来の対面だった。 ひと月半ぶりの妻の姿に、夫は驚き、痩せたねとひと言告げる。 夫にしてみたら、今回の妻の突然の申し出には何ら不服はなかったが、妻主導で事が運ばれることを畏れ飛んで帰ってきたのだった。 もちろん、突然どういうわけでこのような選択をしたのかとの興味はあった。 とうに妻自身への興味は失っていたが、面倒なことはできるだけ避けたかったため、幾つかの離婚回避の言葉は用意してきてはいた。 だが、妻の変わり果てた姿を目の当たりにして、その言葉を引っ込める。 夫は、自分の事が妻の心労になり苦しめていたのかと考え、それならば、スムースに離婚に応じようと思い直していた。 小枝への思いやりとは違う。 結果的に同じなら、自分は悪人にされたくないというあくまでも自己保身、自己中心的な思考故のことだった。この男は、歳を重ねるにつれ、この性質が強く特質化していた。
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