決意

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一方、貴彦は、午後から事務所に出るつもりで、少し早めの昼食をとろうと部屋を出てきた。 マンションを出たところで、小枝に電話を掛けようと立ち止まる。 耳に呼び出し音を聞きながら、今日も出てもらえないかと嘆息する。 その時、携帯を当てた方と別の耳に、どこからか聞こえる着信音に気づいた貴彦は、そちらへ顔を向ける。 その光景は一瞬蜃気楼かと思った。自分の頭が作り出した幻かとも。 (会いたい気持ちが募って、とうとうそこまで来たか、それとも怪我の後遺症か…) それが現実の小枝だとわかった途端、貴彦は何かに背中を押されたかのように駆け出した。 一方、やっと携帯を探し当てた小枝は、それがやはり貴彦からだとわかり、間に合わなかったことが悲しかった。 今日は電話をかけさせることなく、彼と会って話したかったのだ。 通話ボタンを押し携帯を耳に当て、ふと顔を上げると、前方からこちらに駆けてくる貴彦が見えた。携帯を耳に当てている。 小枝は彼の名を呼び、自らも駆け出す。 二人はぶつかり合うように互いをかき抱く。 服の上から感じる互いの体温や体の質感に、求めてやまなかった思いが溢れ言葉もなくただ抱き合った。 やがて体を離すと、無言のまま貴彦は小枝の肩を抱き、マンションへと歩き出した。
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