第1話 おうじさまとおひめさま

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「………ッ!?」  思わず声が出ないように口を抑えてしまう。 「? 2人ともどうした、顔が青いぞ?」  大丈夫、と言おうと思ったのに声が出ない。こんな、こんなことって……。 「……ね、ねぇ凪」 「なんだ、里沙」 「……この、格好って……どうしたの?」  なんとか声を振り絞った里沙が“美瑛も抱いた疑問”を口にすると、凪は何でもないように答えた。 「あぁ、それは翔矢に前日に『服装はどんなので行けばいい?』と聞いたら『普段着でいい』と言われたのでな」 「…………それで?」 「あぁ。いつも家で着ている“学校指定ジャージ”を着ていった」  その言葉を聞いた瞬間、里沙は教室のタイル敷きの床に膝から崩れ落ちた。美瑛はなんとか机に捕まって耐えてみせる。 「……2人ともどうした? 今にも泣きそうな顔をしているが」 「……」  もはや答えることすら出来ない。ただただ涙が出そうになるのを抑える。こんな残酷なことがあろうか。  凪は今までの閉ざされた世界のせいで、女子としてのデートの常識すら欠如していた。  服装もドレスなんかは持っていても、一般の普段着と呼ばれる物は何も持っていなかったのだ。  そして何より、その“おかしい状況に気づけない精神”を、作り上げられてしまったのだ。これが泣かずにいられるか。 「ど、どうした2人とも!? なぜ泣き出したのだ!?」 「なんでもない……なんでもないの……。ちなみに、翔矢君は、その格好について何か言ってたかな?」  ほら見ろ、翔矢なんか今時のファッションを抑えてばっちり決めてきているではないか。彼女と会う為に買い揃えたに違いない。  その翔矢に並んで映るのは、ジャージ姿の女の子。確かにアンバランスも良いところだった。  正直、普通の男の子ならデートに女の子がジャージで来たら、ドン引いて帰ることすらおかしいと思えない。  それを最初から最後まで『自身の彼女として紳士的に』振る舞い続けた……泣ける。これだけで泣ける。  こんな姿の彼女を、凪を、翔矢は一体どんな気持ちで思っていたのか── 「あぁ、翔矢なら私の姿を見て、なぜか慈悲深い目で『凪ちゃんはそれでええんや』と優しく笑って──」 「止めてぇッ! もう止めてぇッ! 私もう聞いてられない!」 「な、なぜだ!? なぜ2人は号泣しているんだ!?」
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