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思えば、厳格だが優しい父だったと振り返る。
“ある一点”を除けば、自分には良くしてくれた。欲しい物は買ってくれたし、遊びにだって連れて行ってくれた。
でも、わかっている。それは……ただ『自分の時間が限られていたから』だったということを。
連れて行ってくれたりはしたものの、一緒に遊んだりはしてもらえない。
それでも……嬉しかった。その少ない時間を、自分といてくれるという結論を出してくれたのが嬉しかった。
それに今すぐというわけじゃない。もっとそれは先の話。少なくともあと10年は先の話……のはずだった。
「……“儀式”が、来年の夏に決まったそうだ」
だからこそ、その言葉に驚いた。予定よりもずっと早い。
「……どう……して……?」
言葉がでなかった。いくら何でも急すぎる。心の準備なんてできていない。受け止めることができない。
「予定が早まった、ただそれだけのことだ」
淡々と返す父に、驚いてしまった。父は本当に割り切っている。たった1人の子供が死ぬことを、全く意に介していなかったのだ。
「話は終わりだ。残りの時間をどう使うかはお前の自由だ。できる限りのわがままも聞いてやる。わかったら下がれ」
「……」
半分虚ろのまま、部屋を後にする。頭でまだ整理しきれていないが、わかったことが1つだけある。
「……もう、時間がない」
──自分の時間は、もう残り僅かになった。少なくともあと1年。それが自身のタイムリミット。
「…………うううっ!」
どうやって自分の部屋に戻ったかも覚えていない。部屋に戻るとベッドに飛び込んで泣いてしまった。
今までは『時間がまだある』だとか、『まだ考えなくてもいい』と逃げていた。これは、そのツケなんだろうか。
それに父の態度にも驚いた。もう少し、もう少し悲しんだりしてくれるものだと思っていたのに。結果はどうだ、何でもないことのように言い放たれてしまった。
もうこの家に、自分の居場所はなくなった。
ならば、せめて。せめて自分の願いを1つ叶えたい。
叶わないとわかっていても、適わないとわかっていても。
もう、逃げない。思いは伝えよう。この思いを、伝えるんだ。
──いつ自分が死んでも、後悔がないように。
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