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愛知県は県内西側、知多半島の付け根に位置する半田(はんだ)市。
中部国際空港――通称セントレアのある市に隣接している為その影響もない訳ではないが、開港するよりも古くから鉄鋼などの工業が栄えてきた地域だ。
生まれも育ちも、そして勤務地さえもその半田から動かずにいるのが奈都。
彼女の勤め先『浅井金属』は、鍛造によるネジやボルト、ナットといった細かな部品製造、また治具や金型といった器具の製作も手掛ける中小企業である。
奈都が工業系の製造業に興味を持ち、自ら率先して工業高校に通ったのも、生まれ育った地域の特色が作用していたかもしれない。
「まーたカタログ見てる」
午後三時の十五分の休憩時間、奈都の肩の後ろからヒョイと現れたのは凛子。
油に汚れた軍手を外して、奈都が捲ったページには自社製品の写真が勢揃いしている。
「今度のポートメッセの企業展で、この中のどれを持って行こうかなって」
「その選別も立派な仕事のうちなんだから、何も休憩時間使ってやらなくても」
「んーでも、眺めてるだけでも案外楽しいよ?」
屈託のない奈都の笑顔に、
「なるほど。それがアンタにとって一般女子のノンノに当たる訳ね」
返した凛子は微かに苦く笑った。
「まぁ敢えて意見させてもらうなら、展示は冷間も熱間もプレスもインパクトのある部品がいいと思うわ。例えばうんと巨大なボルトを置くとか」
「え、でも抜きとか焼き入れとか、かなり小さな製品にも対応出来るってところ見せたいんだけど」
呟く奈都に、まさに名の如く“凜”とした声音で凜子が説く。
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