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季節は秋に移り、夏の暑さからようやく解放されたと誰もが息をついたのは前日の事。
迎えた今日は打って変わって、夏の再来を思わせるほどに気温が高い。
湿度が控え目なだけまだ良いが、秋らしい爽やかな風はほとんど吹いていない。
「風が強かったら火おこしの邪魔になるし、これくらいがちょうどいいよ」
言った奈都が、木炭が満タンに入った段ボールを運ぶ。
「相変わらず男前な動きっぷりねぇ」
薪代わりの小枝を集めて組み立てる凛子が、感心そうに呟いた。
彼女らの居場所はバーベキュー会場――県内は東三河(愛知の北東部)の川沿いに設けられたとある施設だ。
近隣には湖と高原が広がり、眺望と空気の味わいは申し分ない。
会社や各々の自宅からは距離があり交通機関はやや不便さを感じるが、その不便さすら醍醐味へと変わってしまうのは非日常のイベントならではだ。
「炭まだ足りなさそうだね。もう少し貰ってくる」
段ボールの中身をグループ分均等に分けた奈都が、とんぼ返りで会場真隣の事務所へ向かった。
事務所は店舗も兼ねており、炭や燃料、手作りソーセージやバーベキューに適した野菜までも販売されている。
利便性は勿論、前回の反省を踏まえ“何か”があっても対応出来るようにとこの施設が選ばれたのだが。
「ったく賀集、どこに行ったのよアイツ」
急に見当たらなくなった、前回“何か”に匹敵する事件を起こした人物の名を凛子がぼやく。
「西浦さん、炭運ぶの変わるよ」
柔らかな声音で奈都に近付いたのは長身の男性であった。
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