253人が本棚に入れています
本棚に追加
『ごめんなさ…』
相手を見る余裕の無いままの、奈都の呟くような謝罪。
制服のスカートと裾から覗く脚だけが目に入り、相手が校内で数少ない女子生徒だという事は認識出来た。
『いいよ、そっちこそ大丈夫…っていうかアナタ…!』
相手の驚くような反応にこちらの肩が跳ねた。
続く言葉を予想して防御態勢に入る。
もし“機械科の二年生に彼氏がいる人でしょ”とでも訊かれたら、愛想笑いでごまかそうか。
『泣いてるの?』
『……っ!!』
問われてハッとした奈都が自分の頬を拭う。
手の甲に水分が付着したのを捉えて、動揺と羞恥が一気に込み上がる。
逃げ出すまではまた早かった。
やはり相手の顔もロクに見ずに一目散で走り出した。
消えてしまいたい。自分が無価値な人間に思えてならない。
自分が今、ここにいる意味は何なのだろう。
異性への意識がこの道を選んだ最大の理由であるはずがない。
ならば何故、涙を流している事にすら気が付かない程酷く傷付いているのか。
違うなら違うと堂々と胸を張っていればいいじゃないか――。
沈んでゆく自分と這い上がろうとする自分がせめぎ合い、お互いに足を引っ張っているかのように対極の感情が交錯する。
その色はまるでドロドロに溶けた鉛みたいだ。
決着のつかない感情は、決着をつけないまま冷えた心に――鉛の中に閉じ込めて固めた。
融解される事なく、遠い過去の記憶として封印した。
最初のコメントを投稿しよう!