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「やっぱり悩んでるのね」
「うん…素の私を『いい』って言ってもらえたのは嬉しいんだけど、もしかしたら付き合うための口実なのかも、って勘繰っちゃう自分がいて。
高校の時とは違う人だって、頭ではちゃんと分かってるんだけどさ」
「誰だって二の舞は演じたくないもの。悩んだって普通だと思うわ」
「…あーあ。やだな、もう」
呟いた奈都が顔を上げた。
「過去は過去、今は今なのに。もし私に超能力が使えたら、あの出来事丸ごと抹消したいよ」
口元に乗せた笑みは苦い。
底抜けに明るい奈都は毎日変わらないその快活ぶりに『西浦さんは悩みなんてなさそう』などと、嫌味な上司に揶揄された事もあったが。
誰だって悩みはある。見せるか見せないかの違いだ。
そして後者の奈都が、明朗な印象が綻ばないよう常に細心の注意を払っている事を凛子は知っている。
だからこそその注意の意識が散漫になってしまうほど、奈都の過去がもたらした傷は根深いのだと思い知らされる。
「私は、あの時ぶつかったのがきっかけで奈都と知り合えたから、丸ごと抹消されたら困るかな。自分本意な意見だと思うけど」
「…凛子」
「奈都と友達じゃない人生なんて想像つかないわ」
「凛子は可愛いもん。たとえ高校で知り合えてなかったとしても、入社した時に私から真っ先に声掛けてるよ」
お互いの瞳が揺れた。
うっすら滲んだ水膜のせいで、店内の照明が妙に眩しく感じる。
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