3)鉛に沈めた恋と過去

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「奈都!!」 「ちょ、ちょっと凛子っ」 向かい合っていた凛子が立ち上がったかと思うと、テーブルを回った彼女から抱きつかれてしまった。 いつものクールな彼女からは想像出来ない絶対にしない行動のように思えるが、人目を憚らなかったのはお酒のせいか。 しかしショートカットのボーイッシュな奈都に、ロングヘアーの美麗な凛子が抱きつく様は、意図せず宝塚的な空気を醸し出していたらしく注目を浴びずにいられない。 参ったなと苦笑いしつつ、やはり自分も凛子のいない人生など考えられない、と奈都は思う。 当時のどん底状態を救ってくれたのは紛れもなく彼女だ。 屋上での事件から程無くして先輩とは別れた。 相手が受験生になったというのもあったが、原因の殆どはお互いの気持ちの萎えだ。 自然消滅的な別れは修羅場を経験せずに済み幸いだったか、しかし気持ちを切り替えるチャンスを失ったという意味では悪かったかもしれない。 暗い思考は尾を引き、日々倦怠感に乗っ取られた。 凛子がいなければ高校生活はどうなっていたか分からない。 ましてや、金属関係の製造技術という今の道を選んでいたかどうかも――。 そう考えると、過去と未来は繋がっている。あの過去があってこその現在(いま)だ。 そして凛子の言う通り、決着をつけぬままの封印という“保管”ではなく、“処分”の形をとっていればこうして引きずる事はなかったかもしれない。
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