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「…ぐ…」
生意気な奴、と苛立ちつつも、凛子以上の説得力を持って言い返せない賀集は黙るしかない。
「ま、仮に奇跡的にOKもらえたとしても、二人きりの密室状態にアンタの理性がぶっ飛んで、『賀集ってそんな奴だったんだ…信じられない…』って引かれて嫌われるのがオチね」
ハスキーな凛子が自分よりも少し高い奈都の声を真似た。
あり得る。あり得すぎて、ぐうの音も出ない。
賀集の脳裏には、寮のキッチンでドン引きするエプロン姿の奈都(エプロンのデザインはあくまでも想像のピンクのフリル)がリアルに映像化されている。
「…はぁ、分かった。下手な誘いはやめておく」
「それが賢明ね。お互い純粋すぎるくらい純粋なんだから、だったら相応の段階を踏みなさいな。
焦って持ち込んで、長年の片想いを水の泡にしたくないでしょ」
「そりゃそうだけど…でもいつになったら気付いてもらえるのかって時々悲しくなるぞ。
灯台もと暗し、っていうのか?さりげにアピールしてるつもりなんだけど、ちっとも気付く気配ないよな西浦」
賀集がぼやくと、一瞬曇る凜子の表情。
「んー、奈都の場合は自ら灯台もと暗しの思考で固めてるというか叩き込んでるというか…」
「え…?」
「あ、これ以上は奈都から聞いて頂戴ね。本人の意向もあるだろうから。それじゃお先に」
凜子は速やかにトレイを持って立ち上がると、食器回収の棚に寄りそのまま颯爽と食堂を後にした。
「羽野って、結局俺を応援してくれてんだか何だか分かんねぇな」
残された賀集はひとりごちて、外した眼鏡のレンズを磨く。
そして、先程の会話中に『ホテル』だの『密室』だの考えようによってはアヤシイ単語を出してしまったからか、高嶺の花と一体どんな話をしていたんだと数人の同僚から詰められたのは直後の事であった。
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