【Ⅰ】プロローグ

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 東の空より昇りゆく朝焼けに混じり、大地を灼く焔の手が幾つも舞い上がる。  黒い灰が空を飛び、無惨にも崩れた城壁、ぽっかりと開いた風穴からは未だ消し止められることのない炎が轟々と火の粉を振り撒いている。  城下は焼かれ、暴君との名で一世を風靡した愚王の時代は同盟国の裏切りによってその幕を閉じた。  陥落したアスティータ王国とランディウス公国は同盟国同士であった。  アスティータ王国の暴君ガナス王は同盟を結ぶにあたり、ランディウスの姫君アルテミスとアスティータの王子アベルとの婚姻させる旨を伝えていた。  アスティータ王国の暴挙とは無関係の内々に、アベルとアルテミスは愛を育みながら関係を深めていったのだが――  アスティータ王国は大国セイレーンを含む四か国に攻め込まれ、抵抗ままならないままに陥落した。  かくして、王位を失ったアスティータ王国のアベル王子はランディウス公国の慈悲によって命を拾われた。  類稀なる剣の腕を買われたアベルは、守護騎士となり、かつての許嫁である愛するアルテミスの側に置かれることとなった。 「もう……俺はお前の許嫁ではない。  陥落した国の王子のことなどもう忘れろ。  これからの俺はお前の護衛役となって、お前の身をあらゆるものから護ろう」  柔らかな紺色の髪を後頭部で緩く束ね、漆黒の詰襟服に袖を通したかつての許嫁アベルは膝を折り、アルテミスの白い頼りなげな指先にそっと口付けを落とした。 「…………!! そんな――いや、嫌よ!  アベル、お願い、そんなこと言わないで」  金色の巻き毛を左右に揺らし、アルテミスは可憐な藍の瞳に涙を溜め、頬を伝い落ちた悲しみはベビーピンクのシフォンドレスにぱたりぱたりと染みを広げていく。 「アルテミス――これで俺はこれからも君の側に居られる。  それだけで、俺は……」  それはアベル十五歳、アルテミス十四歳の頃のこと――  その三年後、アルテミスが十七歳になった年――  そこから物語は始まる。  
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