第1話

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「泥棒だよっ、そのガキ! なんてヤツだろうねっ! 人様のものに手を出すなんてっ! まったく、親はどういう教育してるんだいっ! ちょいとっ! あんたたちっ! そいつを捕まえとくれよっ!」 背後で響きわたった耳障りな悲鳴に、首をすくめる。 ふん。 ヒステリックなババァだよ。 あんなところに荷物をおいておく方が悪いのさ。 まあ、けど。 とっつかまるのはごめんだぜ? だろ? 聞き飽きた説教なんざ腹の足しにもなりゃしねぇ。 親の教育? 笑わせてくれらぁ。 なぁに、裏路地に入っちまえば、逃げ切ったようなもんさ。 アイツらはここまで追いかけてきやしない。 そうさ、ここは俺たちの縄張りだ。 このレインズストリートはな。 「こっちだ、カウェン!」 細く入り組んだ裏路地街。 先をいく相棒のディリスも、このレインズストリートの生まれだ。 奴のおやじが、俺とディリスにこの町で生きていく方法を教え込んだ。 盗みに揺すり、たかりはもちろん、時には殺しもな。 穏やかじゃねぇだろ? つまりはそういうところなのさ、ここは。 俺は、自分のおやじの顔を知らない。 おふくろも、ずっと前に死んだ。 理由なんか、知らないさ。 死んだったって、そう聞かされただけ。 事実がどうかなんてわかりっこない。 結局のところ、ある日突然俺は一人になってた。 確かなのは、それだけだ。 ディリスのおやじがどうして俺を拾ってくれたのかは知らないが、さもなきゃ俺はとっくに野垂れ死んでたろう。 ヴェニセスの冬は、厳しい。 五つや六つの子供が身一つで生き抜けるようなもんじゃない。 けどまあ、俺は、おやじに拾われて――そっからは、ディリスと兄弟同然に育った。 そのおやじも、結局は、去年死んだがな。 ちょっとしたへまをやらかしたのさ。 それこそ――狙った相手が悪かった。 それだけの話だ。 ああ……話が逸れたな。 複雑に曲がりくねった道でも、俺たちにとっては、庭も同然。 ずっと昔に打ち捨てられた廃屋が、今の俺たちのねぐらだった。 当然、雨漏りもすれば隙間風も吹くような、粗末な小屋だが。 ま、屋根のあるところに住めるだけでも、ここじゃ幸運ってもんだ。
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