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「ま、とりあえず乾杯しよーぜ」
信司が私と沙耶にメニューを差し出した。
「私はカシスオレンジ、沙耶はビール?」
「もちろん」
私はお酒はたしなむ程度だけど、沙耶はけっこうな酒豪だったりする。
店員さんを呼んで注文すると、メグが沙耶に頭を下げた。
「田中の結婚式、行けなくてごめんな~」
「ああ、いいよ。気にしないで。仕事だもん仕方ないよ」
「災害派遣でバタバタしてて……ドタキャンして申し訳なかった」
メグは高校卒業後、防大に進み、その後陸上自衛官となった。
だからか、30歳になった今でもメグの体は高校の時よりもずっと逞しい。
さっき見た、広い肩幅に逆三角形の綺麗な後姿を思い出した。
メグと沙耶の話がひと段落したところで、注文していた飲み物が届いた。
「じゃ、乾杯!」
あゆがグラスを上げてそう言うと、みんなで乾杯した。
「「「「「かんぱ~い!!」」」」」
すきっ腹だとすぐ悪酔いしてしまうので、私はちびりとカシスオレンジに口を付ける。
「ほら、千歳の好きな揚げだし豆腐」
横からメグが揚げだし豆腐の皿を私に差し出した。
「わぁ~。揚げだし豆腐~~♪ありがとう~」
上機嫌でその皿を受け取ると、メグがポツリと言った。
「────やっと笑ったな?」
周りには聞こえないくらい小さい声。
メグを見ると、嬉しそうに口角を上げ目を細めていた。
────今日はとりあえず楽しもう。
目の奥から伝わる、メグの心の声。
アイコンタクトで会話できるのは、幼馴染だからか。
私はメグの瞳を見詰めたままコクリと頷いた。
「この中で結婚してるのって、田中だけなんだな?」
武志がそういうと、全員苦笑い。
「もう、お前ら付き合えよ」
私とメグが揃うと、毎回言う武志のお決まりのセリフだ。
「この前おばさんが、メグは熊本で彼女出来たって言ってたよ?」
私の爆弾発言に隣でメグがゴホッとビールを吹いていた。
「へぇ~!」
武志が面白いオモチャを見つけたみたいに顔を輝かせた。
「何歳?同じ職場の人?こっちに連れてきた?遠恋?」
矢継ぎ早に質問する武志をうんざりしたように一瞥し、メグは一言だけ言った。
「────もう別れたよ」
そして訪れるしばしの沈黙……。
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