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「いい?」
軽く手を広げ、私の反応を待つ悟。
前みたいに私は、その腕の中に飛び込めるわけない。
「ダメ?最後だから……」
酔っているのか、ちょっとすがるような甘えた素振りを見せだす悟に戸惑ってしまう。
「最後って言われても……」
悟に下心がないことも分かってはいるけど、今の私はユキ以外の男の人の腕の中に収まることに抵抗を覚えていた。
「お願いだから……。これで咲穂との事に俺自身、ケリをつけたいんだ」
どこか切羽詰まった悟の気持ちがひしひしと伝わってきて私の胸を締め付けた。
多分、彼はまだ私の事を少なからず想っている。
そんな人の腕に飛び込み、余計に悟を苦しめるんじゃないかって思うと、いくら本人に頼まれたといっても躊躇ってしまう。
でも私自身……
ううん、お互い後腐れなくスッキリと終わらせるのにはいいのかもしれない。
「分かった、いいよ……」
そう言って私はなかなか踏み出せなかった一歩を踏み出し、自らの足で悟の腕の中に収まった。
「ありがとう。そして、さようなら」
ソッと抱きしめあい、互いに同じ言葉を口にする。
これは二人が二度と過去を振り返らないための儀式のようなものだ。
最後に感じた悟の体温は私の胸にじんわりと温かいものを残していってくれた。
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