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「ー―うん……」
俺がどんな顔をしていたのかは自分では分からないが、咲穂の様子から察しがついた。
目をギュッと瞑り気持ちを……
頭を切り替えるように、もう一度咲穂を抱きしめ直す。
今度は力を入れ過ぎないように、大切なものを包み込むようにー―優しく。
咲穂の匂いが、体温がゆっくりと俺を落ち着かせてゆく。
ー―何を動揺しているのだろう……
咲穂とあいつは当の昔に終わっていて、しかも咲穂は俺の奥さん。
たかが昔の男と一緒に仕事をしていたからといって、仕事なのだから大した問題じゃない。
そんな過去のことを気にするより目の前の”今”の咲穂との事を大切にしよう……。
一度は引き戻された意識を深く沈めるように、甘い時間へと自らを導いていく。
それなのに邪魔をするように、また鳴りだす携帯。
「ごめん」
手が止まる俺に咲穂は申し訳なさそうに謝る。
さっきから鳴り続けているのは咲穂の携帯なのだ。
「切っておこうか」
別に責めるつもりはないが、こう何度も邪魔されるといい気はしない。
咲穂の了承を得て、携帯の電源を切ろうと俺は手を伸ばした。
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