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向こうの会話が聞こえないから咲穂の様子からすべてを読み取り、理解することはできなかったが、どうやら三上が咲穂を茶化し楽しんでいるらしく怒っているようだ。
普通なら被害者であろう咲穂ではなく、三上に苛立ちを覚えるものだろうが、今は携帯越しに三上に怒鳴り散らす咲穂の姿に俺は苛立ちを覚えていた。
咲穂がこんな風に誰かに怒っている姿を初めて見たせいもあるのかもしれないが、二人の距離がすごく近く感じて……
二人のやり取りが、まるで二人の歴史を見せつけられているような感覚に陥ってしまった。
「咲穂、携帯……」
たったそれだけ言い携帯をこちらに渡すようぶっきら棒に手を前に突き出す。
今の今まで物凄い勢いで電話の向こうの三上に怒鳴り散らしていた咲穂が突然の俺の申し出に驚き固まる。
でも俺の勢いに負けたのか、躊躇いながらも不安げに携帯を差し出してきた。
「ー―もしもし……」
咲穂から携帯を受け取ると向こうに動揺を悟られない様に一呼吸おいてから話しかけてみる。
『ー―こんばんは』
さすがに驚いたのか電話の向こうの三上の声にやや緊張の色を感じ取れる。
「こんな時間に電話を掛けて来るなんて急用ですか?ー―雰囲気的に仕事絡みではないようなんですが」
三上の後ろから聞こえてくるのは飲み屋独特のざわつきと店員の声。
そして四方から飛び込んでくるように耳に刺さる、酔っ払いの笑い声とアルコールのせいで無駄にデカい話し声だった。
『すいません。多分、誰かが勝手に俺の携帯で掛けてしまったみたいで……。盛り上がり過ぎて、さっきから茅原を呼べって煩くて』
もっと酔っぱらっているかと思っていたが、三上の声色も電話の応対も落ち着いたもので、酔った勢いで掛けてきたと思っていた俺は肩透かしを食らった気分だった。
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