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沈黙を答えと受け取ったのか、荒井は続ける。
「止まってるんだろ? その時計」
その通りだった。
この時計は止まっている。
一年前のあの日から、もっと言うならば、まさにあの瞬間から、時計の針は一ミリも動いていない。
僕の時計は、由実に突き飛ばされた衝撃で、動くのをやめてしまった。
「気づいてたんだ」
僕の言葉に、荒井は乾いた笑いを見せる。
「そりゃ気づくさ。当たり前だろ」
荒井はそう言うが、果たして本当に当たり前だろうか?
いや、そんなことはない。
人の腕時計が動いているかどうかなんて、よく見ないとわからない。
こんなこと、気づくのはたぶん荒井ただ一人だ。
荒井だから気づいた。
そのことが、少し僕を悲しくさせる。
「それってさ。あの事故のときに壊れたんだろ?」
「そうだよ」
風の音に紛れて聞こえる、息を吐く音。
「その時計、外せよ。今日で外せ」
荒井の言葉には力がこもっていた。
確かに壊れた時計なんて、付けていても意味がない。
だけど。
「外せない」
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