第1話

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「おはようございます」と 挨拶をする人たちは、戦場で戦う戦友ではなく現代社会で戦う同僚で イケメンで的確に指示を出す上官役は、最近コレステロールを気にしてるおっさんだ デスクの引き出しを開けてもご都合主義の道具を貸してくれる青いロボットは現れそうにもないし、パソコンの画面からかわいい女の子が現れる事もない。チチンプイプイなんてありきたりな呪文でも唱えれば、ボールペンがたまった伝票を処理してくれたりして…と考えながらも今日も電卓をたたきながら味気ない数字の束を抹殺していく あの頃読んだ漫画が本当だったら、もうそろそろお迎えが来ないと体力的にも辛くなる年齢だ 重い剣を振り回して戦うモンスターは、実際はクレームを言う取引先のタヌキじじいで手に持った「少しばかりの心遣い」が今の俺には防御の要だ できればレッドになりたいと思っていた戦隊は、ロボットもなければ変形できるバイクも準備されてない。手元にあるのは3年ローンで買った週末しか乗らないエコが売りの軽自動車だ 何かの少女漫画で出てきた美少年って言われる顔でもなく さらっと風にたなびく金髪でもなければ、雨が降れば癖がはねてみっともないのがコンプレックスで 夕方の影を見ながらこんなに足がながけりゃな…と思ってみたり 手をかざせば変身できるはずの腹に巻かれたベルトは、成人式の時に買ってもらった安物を今も愛用中だ ふと見上げた空は、空飛ぶ円盤もほうきに乗った少女も居ない 帰り道乗り込む電車は、いつか見たドラマみたいにドラマチックな展開があるわけでもなく映画ができるような大恋愛をすることもなかった 道の角でぶつかったのは食パンを加えた少女ではなく 足元は草原でも岩場でもなく真っ黒な舗装されたアスファルト 直角にしか曲がれない主人公と違い好きな所に行ける僕の足 誰かに押しつけられる宿命もなければ、世界からの期待もない 刺激が多すぎることもなく ハラハラすることもなく 悲劇的な別れもなく 大逆転的な展開もなく ただ ただ 普通な僕 「ただいま」と 安物の革靴を脱いでキッチンにたつ君を見る 「おかえり」と 温かい料理と共に迎えられるありきたりな毎日 ただただ普通の ごくごく普通の それだけで 物語にしたらつまらない内容だけど 十分だと思う
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