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 有明の月が細弓のように天空に輝いている。  ――その空の下。  双葉町にある久保のアパートはテレビの青白い光に照らされていた。  カーテンを閉める事も、電気を点ける事もせず、ただ、ぼんやりと映像を目に映す。  ――夜光虫みたいに。  久保はテレビを前にして、ぼうっとそれを見つめていた。  ――狂っていく。  ゆっくりと心は朽ち、感情を表に出せなくなっていく。  部屋の中は心の中を表現するかのように荒んでいて、久保の前のローテーブルには幾つものお酒の缶ばかりが散乱していた。  ――充満したアルコールの匂い。  一体、どれほど呑んだだろう。  バラエティー番組のわざとらしい耳障りな笑い声にテレビの電源を切る。  途端に辺りは静かになり、久保はリモコンを机に置いた。  窓の外を見れば、夏の代表的な星座である蠍座はすっかり沈み、かわりにペガスス座など秋の星々が見える。  ――頼りなく、今にも消えてしまいそうな光。  それが亜希のように思えて、ため息が零れた。  何もかも無かった事にしてしまいたい。  ――亜希との出会いも。  ――亜希との別れも。  そしたらこんな風に憂う事なく毎日を過ごせるだろう。  しかし、どれだけ呑んでも亜希の泣き顔ばかり思い出してしまう。  ――零れ落ちる大粒の涙。  ――哀しみに歪む表情。  その姿を思い出すだけで、胸が潰れてしまいそうに苦しくなる。  手にした発泡酒のアルミ缶を煽ってみたものの中味は既になく、久保は苛立ち混じりにぐしゃりとそれを握り潰した。  ――守りたいのに。  ――傷付けてばかり。  自分の選択が本当に正しかったのか、よく分からなくなってくる。 (亜希……、ごめん……。)  高津に支えられて去っていく亜希を思い返しては懺悔する。  ――こうする事が、彼女の為になる。  そう思って選んだ決断のはずなのに、胸の内には後悔の念しか残っていない。  ――あれで良かったのか。  ――判断を早まったのではないか。  心はギシギシと軋み、その度に声にならないような悲鳴を上げる。  ――大切にしたいのに。  ――その術が分からない。  守ろうとすればするほど、彼女を傷付けてしまう。  まるで何かの呪いみたいに。  記憶があっても、なくても関係ない。
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