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31
有明の月が細弓のように天空に輝いている。
――その空の下。
双葉町にある久保のアパートはテレビの青白い光に照らされていた。
カーテンを閉める事も、電気を点ける事もせず、ただ、ぼんやりと映像を目に映す。
――夜光虫みたいに。
久保はテレビを前にして、ぼうっとそれを見つめていた。
――狂っていく。
ゆっくりと心は朽ち、感情を表に出せなくなっていく。
部屋の中は心の中を表現するかのように荒んでいて、久保の前のローテーブルには幾つものお酒の缶ばかりが散乱していた。
――充満したアルコールの匂い。
一体、どれほど呑んだだろう。
バラエティー番組のわざとらしい耳障りな笑い声にテレビの電源を切る。
途端に辺りは静かになり、久保はリモコンを机に置いた。
窓の外を見れば、夏の代表的な星座である蠍座はすっかり沈み、かわりにペガスス座など秋の星々が見える。
――頼りなく、今にも消えてしまいそうな光。
それが亜希のように思えて、ため息が零れた。
何もかも無かった事にしてしまいたい。
――亜希との出会いも。
――亜希との別れも。
そしたらこんな風に憂う事なく毎日を過ごせるだろう。
しかし、どれだけ呑んでも亜希の泣き顔ばかり思い出してしまう。
――零れ落ちる大粒の涙。
――哀しみに歪む表情。
その姿を思い出すだけで、胸が潰れてしまいそうに苦しくなる。
手にした発泡酒のアルミ缶を煽ってみたものの中味は既になく、久保は苛立ち混じりにぐしゃりとそれを握り潰した。
――守りたいのに。
――傷付けてばかり。
自分の選択が本当に正しかったのか、よく分からなくなってくる。
(亜希……、ごめん……。)
高津に支えられて去っていく亜希を思い返しては懺悔する。
――こうする事が、彼女の為になる。
そう思って選んだ決断のはずなのに、胸の内には後悔の念しか残っていない。
――あれで良かったのか。
――判断を早まったのではないか。
心はギシギシと軋み、その度に声にならないような悲鳴を上げる。
――大切にしたいのに。
――その術が分からない。
守ろうとすればするほど、彼女を傷付けてしまう。
まるで何かの呪いみたいに。
記憶があっても、なくても関係ない。
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