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失くしたモノはもう戻って来ない…男はそれを頭では解っていた
けれど男は追い求めた…それが無意味だと知っていても……
†††
皆が羨む女が居た
長い黒髪 紅いドレス 細い肢体 どれも完璧な酒場の歌姫
その恋人は逞しい男
鍛えられた身体(カラダ) 高い上背 短い黒髪 どれも完璧な街の警官
二人は出会い 惹かれ合い やがて結ばれた
誰もが認める非の打ち所がない二人
誰もがその幸福を疑わなかった
しかしそれは突然訪れた
女に愛憎を抱いた変質者(ストーカー) 彼女を永遠の眠り姫へと変貌させた
男は哀しみ嘆く 女がまだ何処かに居ると錯覚し 幻想を抱く
酒場の歌姫は眠り姫と成って男を惑わせた
†††
女が消えても世界は何も無かったように廻り 時を刻む
男はそれが許せない
「彼女はきっと何処かに居る」
男に囁く悪魔の幻聴(コトバ)
「彼女はもう居ないのよ」
男に囁く天使の幻聴(コトバ)
そして男はその身を悪魔に委ねた
男は駆け出した 女を求めて 幻想を求めて
†††
ある国のスラム街 そこに居たのは廃れた老人
痩せた身体 高い上背 短い白髪 老人は一枚の写真を握っていた
そこに居るのは在りし日の老人 その傍らで微笑む美しい女性
そして老人は瞼を閉じる そして視たのは写真の女性
長い黒髪 紅いドレス 細い肢体
「鳴呼…こんな所に居たのか………」
老人は一筋の涙と共に眠りに就いた その安らかな笑顔のまま旅立った
喪くした命(モノ)はもう戻って来ない…幻想に囚われ自我を失い そして得たのは深淵の眠り
男は幸福だったろうか それを知る者は喪失(ロスト)したまま
世界は変わらず残酷な時を刻んだ
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