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「佳乃さん……。」
僕は、目の前で決して目覚める事のない人の名を呟く。
名を呼ぶのは、これで もう何度目だろう……
だけど…未だに信じられないんですよ
貴女が この世から居なくなってしまったなんて……
初めて触れた貴女の頬が、こんなにも冷たいなんて……
『沖田さん』
─はい……何ですか、佳乃さん?
『いらっしゃい、沖田さん』
─また、来てしまいました……佳乃さん
『今日は何をお求めですか?』
─簪(かんざし)なんて どうでしょう?
『沖田さんに想われている女子は、幸せ者ですね』
─そんな事ありませんよ……私は……
僕は、貴女が好きで…好きで……
貴女に会いたくて あの小間物屋に行ってたのですよ。
貴女は、ちっとも気付いてくれませんでしたが……
女子への贈り物など分からない、と言っては貴女に選んで貰った貴女好みの行く宛のない品物が沢山あるんです。
いつか貴女に受け取って貰おうと買った、赤い手鏡も、緋色の紅も、灰桜色の髪紐も、梅や桜…紫陽花に紅葉……四季折々の草花が描かれた簪達も……
何一つ渡せていないのですよ……
「あんまりです…… 」
冷たくなった頬に触れながら呟く。
どうして貴女がこんな事に……
貴女の最愛のお兄さんを斬ろうとした報いなんですか?
貴女は、いつも口癖の様に一ノ瀬君の事を言っていましたからね。
『沖田さん、司郎の事 お願いしますね。』
─本当に仲が良い兄妹ですね、お二人は……
『ふふふ……、当たり前じゃないですか? 私達は生まれた瞬間から一緒なんですから。あれ? 生まれる前からかな?』
─何だか、妬けてしまいますね。
『そうですか? でも、確かに司郎以上に大切な人なんて……出来るのかな。』
─いつか現れますよ……出来れば、私が……
あの時、私が土方さんを止めていれば……
一ノ瀬君の粛清を思い留まらせていれば……
貴女は、
死なずに済みましたか?
僕を見てくれましたか?
一ノ瀬君の次に僕を……愛してくれましたか?
僕は、
こんな残酷な現実に苦しまなくて済みましたか?
僕達は……、
傷付け合わずに済みましたか?
「佳乃さん、……愛しています」
初めて愛を囁き、その形の良い唇に自分の唇を重ねた。
氷の様に冷たい唇に
温もりを分け与える様に…
命を吹き込む様に…
祈る様な想いだった
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