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 見上げなくても、俊輔が泣くのを堪えているのだと分かった。  声をかける事も出来ず、ただ黙って立ち尽くしていると、ひらひらと目の前を花びらが横切る。  桜が零こぼした涙みたいだ、と思った。 「亜優」  少し湿った声がちくりと胸を刺した。  初めて聞く、俊輔の涙声だった。 「悪いけど。もう、……帰って。 ちょっと一人になりたいから」  ず、と鼻を啜る音。 「このこと、誰にも言うなよな」 「……」  その口止めの意味が泣いたことを指すのか、引っ越しの事を指すのか、わたしには分からなかった。  ただ、……。  これだけは、わたしにも分かる。
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