第百六段 「龍田河の紅葉」

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光流の笑顔を見て、ゆき乃はさらに泣きそうな表情になった。 「そんな。どうして一人で背負うんですか」 「下町を守るのは俺の使命だ」 光流は眉を寄せ、真剣に言った。 「それにみんなで玉砕したら後のことはどうする」 何も言えずゆき乃は唇を噛んだ。 「皆で玉砕するのではなく、皆で勝ちましょう」 背後からした声にゆき乃は振り向く。 「先生!」 そこには豊川とお美津狐がいた。 「センセ、んなこと言ったってセンセとお美津だって相当ボロボロだぞ。それ以上、神通力使うなよ」 口元の血を手の甲で拭き取りながら光流は言った。 「神通力は使いません……祈りです」 「祈り?」 祈りでどのように戦うのだろうとゆき乃は首を傾げた。 「祈りはどんな力よりも強いのです。この国が平和なのは天皇陛下が祈り続けているからですし、世界中の全ての人が祈れば、とてつもないパワーを生み出すと言われています」 神職の最高位である天皇陛下は国家安泰のために祈りを捧げる。さらに世界の全ての人々が祈れば核爆弾のボタンを壊せるという学者もいる。 「祈り……」 祈る意味をようやく知ったゆき乃の右手を、豊川はとった。そしてお美津狐が変幻して美津になり、ゆき乃の左手をとる。 「先生、美津さん」 交互に二人の顔を見る。豊川と美津は微笑んだ。それから手を取り合う式神たちに向かって光流が微笑む。 「祈りか。しっかり祈ってくれよな……それじゃあ、行ってくる」 そう言って歩み出した光流の前では、中将がゆらりゆらりと魂を揺らしながら笑った。
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