第百六段 「龍田河の紅葉」

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「本田!……どうした」 差し伸べようとする光流の手を、白く華奢な手が押さえた。 「藤原さん、ダメです」 金色の瞳が訴える。その瞳の持ち主、ゆき乃は不安げに首を振った。 「ゆき乃、だけど……」 光流は、ゆき乃と苦しむ本田を交互に見る。 「中将は鬼です。本当のことを言ってるのか分からないです」 何度も中将である本田に騙されているゆき乃は、のたうつように苦しむ本田を見る。 「藤原くん、そうですよ。鬼と悪魔は人間を惑わせるのにアカデミー賞ものの演技をしますから」 豊川も宙から降りてきて皮肉を言った。 「そうやさ、ほっとけ。ほっとけ」 同じように吐き捨てるお美津狐。光流は困ったような表情で、皆を見回す。 「だけど……」 光流は跪いて本田の背に触れた。一つの身体に二つの魂を宿すだけでも尋常ではないのに、在原業平の魂は膨張し本田の身体を圧迫している。 「魂を切ったのは俺だ。まだ繋がっている所があるから苦しいんだ」 肉体という器に留まらなければ死んでしまう本田の魂は肉体から離れたがらない。反対に十分な神通力を手に入れた在原業平の魂は肉体を離れたがっていた。光流は苦しがる本田に言う。 「本田、お前の身体から中将の魂を抜いてやる」 光流の瞳は青く輝きだした。それを見て式神たちは、ため息をつく。 「なんつー、お人好しや! わしは知らんぞ!」 地団駄を踏むお美津狐を尻目に、光流は祝詞を奏上する。 「ぎゃーーーーあ!」 しかし、本田はさらに苦しみだした。その絶叫はスカイツリー周辺に響き渡った。
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