第百六段 「龍田河の紅葉」

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「藤原さん?」 光流の腕の中でゆき乃は戸惑った。さっきと同じようにゆき乃を依り代とするようだ。 「藤原の、無茶や。立派な守護様だった中将が、何百年の恨みを積み重ねて鬼になったと思ってんのやさ。その邪気を簡単に祓えると思うなや」 うろうろと光流とゆき乃の周りを歩きながらお美津狐は言った。光流が軽く言った「鬼じゃなくす」というのは成功が見えない大仕事だ。 「それに今の君には十分な神通力を使えるだけの体力がないのではないですか?」 今度は豊川が光流の身を案じた。光流は横目でちらりと豊川を見る。 「センセ、俺、見た目より弱ってねぇから。狩衣がぼろぼろなだけで」 「そうでしょうか」 そう言う豊川も衣装や髪も、ぼろぼろだった。 「センセ、心配なら祈っててよ」 笑顔を見せる光流。豊川は一瞬眉を寄せたが頷いた。 「ゆき乃いいか? いくぞ」 光流は、ゆき乃を背中から抱くようにしてゆき乃の両手を包んだ。 「藤原さん、本当に身体は大丈夫ですか」 「大丈夫じゃなかったとしてもやらなきゃいけないだろ」 光流は短く息を吐くと、苦しむ本田に向かって清祓詞を奏上した。ゆき乃は目を閉じる。しかし、光流の「大丈夫じゃなかったとしてもやらなきゃ」という言葉が引っかかり集中できない。 (ダメ、集中しなきゃ) 以前、光流に言われた想像力が神通力の源という言葉を思い出し、ゆき乃は想像した。 遠い昔、花を愛でては歌を詠み、季節の移ろいを憂い、女性を美しいと賛美し、出世よりも恋や夢に生きた在原業平。死して守護となってからは、この土地と土地に生きる人々、妖や神々を愛した在原業平。 そうだ、彼は優しかったのだ。突発的に思い出すことはあっても、ゆき乃には前世である在原業平の正妻としての記憶はない。しかし、そう感じることはできた。 「あなたは優しすぎるから女性を無下にはできなかった。優しすぎるからたくさん傷ついて心を歪ませてしまった。その優しさがまだ残っているなら、どうか優しいあなたに戻って」 ゆき乃は心の中で在原業平に語りかけた。 「……」 すると、のたうつように苦しんでいた本田が仰向けにスカイツリーを見上げ、急に大人しくなった。その身体から黒い霧のようなものが立ち上っている。image=492165473.jpg
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