初段 「初冠」

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七月一日 この日は、富士山の山開きの日である。 その夜に、浅草富士浅間神社前に人影が三つ。 「打ち合わせするぞ」 光流のその一言により、ゆき乃、美津、豊川の式神三人は、主(あるじ)である光流を待っていた。 富士浅間神社は木花咲耶比売命(このはなさくやひめのみこと)を祭神とする江戸、元禄年間に創建された神社である。 富士信仰の盛んな江戸時代、富士参りの出来ない人々のための、富士山遙拝所として大変賑わった。 浅草の人々には「お富士さん」と呼ばれ、親しまれている。 毎年五月末、六月末の土日には、植木屋や屋台が並ぶ「植木市」の縁日が行われる。 植木市はちょうど入梅の時期であり、植木を移植するのに最好期にあたり、お富士さんの植木市で買った木は、よくつくと評判となり次第に盛んとなった。 ホームセンターなどで植木が安く、手軽に買える今、植木屋の数が減ると共に、屋台の数も減ってしまったが、「お富士さんの植木市」は浅草の人々、特に子供たちに人気の縁日である。 前の週にすでに植木市が終わってしまったお富士さんは静かだ。 高台にある境内から、昔は富士山が臨めたという。 現代は目の前には台東区立富士小学校が、その右方には浅草警察署が見える。 その更に遠方に富士山が見えるはずだが、見えるのはビルと電線ばかりだ。 待ちぼうけを食らわさられている三人。 ゆき乃は携帯を開き、待ち合わせ時間から三度目となる時間の確認をした。 「打ち合わせって、何の打ち合わせでしょうか」 「さあ…」 ゆき乃の質問に、豊川は首を振る。image=479305415.jpg
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