第3話

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広間を徘徊していた明光が、前から三列目の席で足を止めた。明光にそっと肩を叩かれた見習いは、「そうしたつもりだったんですが」と唇を少し尖らせている。 「あら、では手が冷えているのかしら。 冷たい手だと固油は伸びにくいでしょう」 「はい、全く伸びないんです。 どうしよう……。 顔を洗ってやり直さなきゃ駄目ですか?」 「いいえ、その心配はないですよ。 手を擦り合わせて……」 最後まで聞き終わらぬうちから、見習いは掌を擦り合わせている。 「手が温かくなったら、それで顔を温めなさい。 固油は指先で塗るのではなく、掌全体で顔に馴染ませるのですよ」 都季は「へえ」と小さく呟き、真剣な顔で指南を聞いた。 明光の教えは分かりやすかった。 眉の形で顔の印象が変わることや、口紅は口角を美しくとらねば締まりのない顔に見えてしまうこと。
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