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「ゆっくりでいいんだよ、お前は。
今までだって陰でがんばって、いつの間にか他の奴らを追い越してただろ。
お前のそういうところ、すげえって思う。
だから、─今回も絶対、負けんな」
「……」
ぶっきらぼうで不器用な拓己の言葉は、わたしの心の一番深いところまで届き、逃げ出してしまいたい気持ちを跡形もなく吹き飛ばした。
あの時、無造作に掴まれたはずの手首が、腱鞘炎になっていない方の左手だったと気付いたのは後になってからだ。
拓己は誰よりも熱くて、本当はとても、優しい。
その後、わたしは無事伴奏に復帰し、コンクールでは三位という結果を出すことが出来た。
そして、─クラスのみんなが涙を流して喜びを分かち合っていた時も、拓己はやはり、少し離れたところでつまらなそうな顔をしていたのだった。
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