冷たい隣人

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「それにしても、お隣さんが空いてから結構経つよね」 「ああ、お隣さんの音鳴さんね。よくお裾分けとかしてくれる優しい人だったなぁ」 我が家はアパートである。そのためご近所付き合いは一軒家よりも重要で、人の出入りには嫌でも敏感になってしまうのだ。 「やっぱ寂しいよね、隣に人が居ないってだけでもさ」 「姉ちゃん…」 普段こそ表に出さないが、やはり小辰も両親がいないと寂しいのだろう。俺はそう思うと、何故か少し切ない気持ちになった。 「あの、姉ちゃ」 そして何か言葉をかけてやろうと意を決して口を開いた瞬間、呼び鈴が居間に鳴り響いた。 「ん、誰だろ?もう夜なのに…はーい」 そして玄関までてこてこと歩いていく姉の姿を、言葉と共に無意識に出していた手を宙に漂わせたまま俺は見送った。 「よいしょっと…はい、今開けま…ひゃあ!寒いっ!ドアノブ冷たぁん!」 きゃいきゃいと叫びながら、小辰はドアを開ける。 そこに立っていたのは、二人の女性だった。一人は腰くらいまであるロングストレートの黒髪の、どこか大人びた女性。もう一人は小辰よりも頭一つ小さい、横の女性とよく似た艶のある黒髪をツインテールに結った少女。もしかすると、いやもしかしなくてもこの二人は姉妹だと一目で理解した。 「失礼する。ここは温森家で間違いないか」 姉っぽい方が何故か高圧的な物言いをするが、俺達はそんなことにも暫く気を回す余裕がなかった。何故なら雪こそ降っていないものの、コートを着込まないと外を歩けないほど冷え込んでるこの時期に、七分丈のシャツとスマートなジーンズだけというカジュアルすぎる格好でそこに立っていたからである。 「あ、あのう、どちら様でしょう…?こんな寒い所で立ち話も何なので、上がっていっても…」 「遠慮しておく。そんな温室みたいな暑苦しい所で話しても体調を崩すだけだ」 「おいあんた…いくらなんでも初対面でそりゃないだろ。どちら様だよ」 いきなり投げかけられた暴言に、俺は憤然と抗議した。愛する我が家を馬鹿にされて黙ってられるほど、俺は温厚ではないのだ。 「…申し遅れた。私は稗田空良(ひえたくうら)。こっちは幸(ゆき)。私の妹だ。故あってこのアパートで、この横の部屋に仮住まいさせてもらうことになった。今日はその挨拶に上がった次第だ。よろしく頼む」 礼儀が良いのか悪いのかよくわからない女だ。
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