その勇者、被虐趣味

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「ししょーは毛ほども気にしてなかったよ、老い耄れの腕一本で曾孫を守れたら安いもんだーって」 「……解ってるわよ。ずっとあの光景が脳裏に焼き付いて離れないの、たった十数秒の戦闘がね」  キャンベルは先代の勇者カオルに想いを馳せる。老人、女好きの爺だった。  見事に打ち砕いていった、自分の小さなプライド。目の前で繰り広げられたSSS級の魔物が死んでいく様、あまりにも一方的な蹂躙、その秘めた実力。 「笑いながら頭を乱暴に撫でて言ったわ、帰ろうかキャンベルって。片腕無くして血が溢れてるくせにね、情けなくて涙が出た。それからよ、本当の意味で尊敬したの」 「ししょー言ってました。キャンベルは僕の闘舞を一回見ただけで自分のモノにしたって笑いながら」  脳裏に焼き付いた勇者カオルの闘舞、それを必死の想いで身に付けた。  それこそ血反吐を吐く思いで、自分流に変化を加えて。  実力は上がったし魔力も充実していた。勇者召喚の魔方陣が消えて久しい今、新しく任命されるのは自分だと信じて疑わなかった。  それはカオル爺様もキャンベルを認め始めていたから。  なのに。 「この子、新しく勇者にするから」  借りて来た猫のように首根っこを掴まれ宙にプラプラと浮いていた桜色の、得体の知れないどこぞの女をそんな一言で勇者に任命したのだ。   「えぇぇぇぇえええぇえ!?」  桜色と真紅色、二人の叫びが木霊した。  それがこの二人の出逢い。数時間もしない内に手続きは終わり、周囲の反応を他所に勇者カオルは平然と勇者を引退したのだ。  戸惑うユースティアとキャンベル、その二人を育成期間として徹底的に仕込んだ数ヵ月後。  双子の妹カンナと墓地で仲良く手を繋ぎ、勇者としての決意を刻んだ記念碑に背中を預けながら死んでいた。  二人の表情は晴れ晴れとして笑顔さえ浮かんでいた。  皺だらけでくしゃくしゃな、月日を重ねた親の、満足気な顔で。
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