第Ⅰ章 絶望と再会と 正篇

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 両目でずれてしまって歪みっぱなしだった視界は、急にクリアになっていく。濃い霧が一瞬で払われたようだった。今ほどに視力が弱くなかった時に、見えていた景色はこんな感じだったのだろうか。今となっては、もう、わからない。  だが、コンタクトレンズによる矯正とは、明らかに異なる見えようだ。異物感が存在しない。それだけは確かだ。  言葉が口からうまく出てこない。  あの時、ソーマのスマホに起こった現象。  それで俺は……おそらく俺たちは神隠しにあった。  だが……それだけじゃ、なかった。  『eyesight control 視力強化』  ぎゅっと握りしめる手の隙間からその文字が覗く。その文字が、見える。それが何よりも……。  神隠しと同時に俺は、とんでもない力を手にしたらしかった。  俺のスマホは外見そのままに、中身が全く変わってしまっていた。 「一体……何が起きているんだ……」  もう、一時間ほど前だったのだろうか。  まともに何も見えなくなり、俺は途方に暮れた。朝日が昇れば昇るほど、俺の心は暮れていった。危なっかしくて動けやしなかった。少しでも頭を動かせば、ぐらぐらと俺の瞳に映る世界は落ち着きを失う。まさに八方塞だった。行き場が見えない。次第に日の方も暮れていく。  鬱々としながらリュックを枕に芝生の布団に寝転ぶ。  雲が流れているのかすら、わからない。わかるものといえば目に近づけたスマホくらいだった。二日経ってもなぜか電池切れの様子すらない。  いまだに『energy control system』という黒い文字が表示された、淡い紫色の画面が付きっぱなしになっている。電源ボタンを押したところで消えることがなかった。その様子があまりにも異常で不気味なために、俺は森にいた時から触れずにいた。 〈もう……なるようになれ〉  自分がやけくそになっているのを感じながら、俺は『energy control system』という文字の下にある、『contract complete』というボタンを左親指でクリックした。 〈ふん……。何が『契約完了』、だよ。ふざけん……――――〉  それからはあっという間だった。
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