鈴木と中村

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 ──誰でも、趣味の一つや二つは持っているものだ。  空が茜色に染まっていく頃、子供たちの声が少なくなった公園のベンチに座り、街灯の明かりが灯るまでの間、純文学小説を読む。これが僕、鈴木恭一朗の日課であり、また趣味でもある。特に深い意味があるわけではないがあえて理由を挙げるのであれば、明るさや喧騒の度合い、雰囲気と言ってもいい周囲の空気が僕にとって丁度良いのだ。集中して本が読みたいというよりはそういう空気に身を委ねるのが好きなのであって、ただ単に本を読みたいのであれば図書館にでも行って落ち着いた雰囲気の中で読む。要するに僕はこの時間帯のこの場所が無性に好きなのだ。本を読むという行為はその空気を堪能するための薬味に過ぎない。  お互いにさよならを言い合って帰路につく子供たちの声を聞きながら、僕はいつもと同じようにベンチに腰かけて鞄から本を取り出して開くと挟んでいた栞を抜き取る。そして本に視線を落とすが、すぐに背後の茂みから音がすることに気が付いた。なにかを漁っているようにも聞こえなくもないが、多分子供がかくれんぼでもしているのだろう。こういう音は邪魔にはならない。むしろ普段とは変化があって望ましい。そう思って本を読み始めた矢先のことである。 「んんー、結構あったなぁー」  そんなことを言いながら茂みの中から現れたのは、おおよそ小学生には見えない体格を持った学生服姿の男だった。茂みから出て来たせいか頭には青葉が数枚乗っている。勿論この男は小学生などではない。 「お、鈴木じゃん。奇遇だな、こんな所で会うなんて。何して──って、読書か。お前らしいなぁ。ははっ。つーか本読むなら図書館行った方が良くないか?まあ、いいんだけどさ」  そう、残念なことにこの男は僕の知り合いである。僕と同じ高校に通い、クラスまで同じであまつさえ隣の席に座るこの男は中村勇介。聞いての通り勝手に良く喋る男だ。黙ってさえいれば少しばかり軽薄そうではあるが二枚目とも言えなくもない容姿だが、何分お喋りが過ぎるので三枚目を演じることが多い男である。その件の中村は、なぜか小脇にゴミが大量に詰まったビニール袋をいくつも抱えていた。なぜ、とは言ったが実のところ大方の見当は付いているのだが。 「お前の方こそこんな所でなにをしているんだ?」
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