鈴木と中村

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 もう一つの理由、それは中村が救い様の無い馬鹿だからである。勉強ができるできないの話とは別の意味で、どうしようもない馬鹿なのだ。どちらかと言えば中村は勉強はできる方である。想像に難いが成績だけなら学年中でも上から数えた方が早い程だ。だが上手く言葉にできないが、なんと言うかとても頭が悪いのだ。授業中に教科書を机の上に立てて見つけてくださいと言わんばかりの古典的な早弁をしていたり、寝起きに醤油とコーラを間違えて一気に飲み干して瀕死の重症になるなどはまだ可愛げのある方。今日のように常識的に考えておかしいだろうという指摘で済むのならまだ序の口。中学校の修学旅行の時に実際の目的地は福島(東北地方)だというのに福岡(九州地方)だと勘違いして一人だけ真逆に旅立っていた話などは中村の中学校時代の同級生たちの手によってすでに全校生徒へと知れ渡っている事実であるし、その他にも牛丼屋で紅しょうがを盛りすぎて出禁になった話などはあまりにも有名である。中村の語り草になるような逸話は僕もまだまだ数多く聞き及んでいるが、あまりにも多くそして下らない話ばかりなので割愛するとしよう。  度が付くほどの助平でどうしようもなく馬鹿ではあるが、それらを補えるくらいに確実に善人ではある。だからこそ中村は嫌われたりはしないのだ。恋人としてはたしかに今一歩かも知れないが、友達やクラスメイトという意味ではむしろ好かれているだろう。馬鹿だからこそ単純で良いという女子もいるにはいるが。今の中村はというと、その単純さ故に一通り感情の昂りを吐き出し終えたらしく今度はまるでこの世の終りでも来たかのように打ちひしがれているのだが、僕としてはこれはただ単に面倒くさいだけなのではないかと思うのだ。おかげですっかり興が冷めてしまった。僕は栞を挟んでから本を閉じ、鞄にしまうとゆっくりと立ち上がった。 「すまないが、僕はもう帰る」 「そんな!こんなに可哀想な俺を見捨てて帰っちゃうのかよ!?優しい言葉の一つでもかけて慰めてくれたっていいじゃない!見捨てんといて!」 「見捨てるもなにも、お前が一人で勝手に一喜一憂していただけだろう。僕は帰る」 「う……。じゃ、じゃあ俺も帰るかな……。うん、帰ろう。もう帰ろう。帰るしかない」
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