鈴木と中村

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 中村との遭遇といい、今日はろくな目に遭っていない。中村を巻くわけにもいかず、かといって然り気無く別行動に流れを持っていけるわけもなく、結局中村と二人で市街地を市戸瀬駅目指して歩いていくより他にない。陽もほとんど沈みきった頃合いなので、帰宅する人が多いのか往来は混み合っている。これだけの人間の中に紛れていれば、知り合いに目撃されるという心配は減るかも知れない。僕は中村が苦手だというのに、知り合いに見られて妙な勘違いをされても困る。が、今のところは近くに同じ高校の生徒は見当たらないので一先ず安心しても良いだろう。しかし油断はできないので、通行人に注意しておく必要はありそうだ。学生、サラリーマン、主婦……様々な人が帰路についている。この時間帯を狙ってか街中の商店はにわかに活気づいている。呼び込みやタイムサービスの告知の声などがそこらかしこから聞こえてくる。先ほどから中村が執拗に話しかけてくるが、僕は適当に相づちを打ちながら街の風景に意識を傾けていたのでほとんど頭には入っていない。中村の話を聞いていて知り合いを見落とすなどという事があってはならないのは確かなのだが、なによりも聞き流す程度に聞いても実のある話ではなさそうなので純粋に聞こうという気にはなれないのが本当のところだ。 「──でさ、そこで俺は言ってやったわけ。『お前は知らないようだから教えてやるけど、マンガン乾電池よりもアルカリ乾電池の方が長持ちするんだぜ』ってな。そしたらアイツ鳩が豆鉄砲食らったような顔しやがってさ、ぷぷっ。いやー、今思い出しても笑えるわ。抱腹絶倒ってのはあのことだな」 「そうだな」 「いやむしろ狐に摘まれたような顔ってのか?なんにしろ間抜けな顔だったなー。つーかマンガンの方が消耗早いのなんて常識じゃん?ジョーシキ。マンガン乾電池信者かよっ!?って話?みたいな?ぶぷぷっ」 「たしかにな」 「……あのさ、鈴木。俺の話聞いてる?ひょっとして聞いてない?なんかさっきから反応が淡白っていうか、相づち打ってるだけっていうか、まさかとは思うんだけど聞き流してたりする?っていうか聞き流してるよな?」 「そうだな」
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