鈴木と中村

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「御免って、お前っ!このままじゃ峰岸は、そのっ、アレだ!犯られちまうかもしれないんだぞっ!それがわかってて放っとくなんて、あり得ないだろ!?必要ないわけないだろ!助けてやらなきゃ!お前、峰岸の近くで遠巻きに見てる連中と一緒だぞ!関わり合いになりたくないとか、そんなこと言ってる場合じゃないんだよ!」 「そう考えるのはお前の自由だ。けどそれを僕にまで押し付けないでくれ」  君子危うきに近寄らずの言葉通り、わざわざ面倒事に首を突っ込みたがる人間などそうはいない。中村のような一部の変わり者だけだ。中村には悪いが、僕はその種の変わり者ではない。極力危ないことはせずに、とつとつと日々を過ごしたいだけなのだ。中村の顔は見る見るうちに紅潮し、僕に対して憤慨しているのは火を見るよりも明らかだった。だが僕は意見を変えるつもりは毛頭無いし、中村の怒りを真摯に受け止めるつもりもない。中村には中村の考えがあるように、僕には僕の考えがある。中村が自分の主張を押し通すのは自由だが、僕の意見に干渉して欲しくはない。中村はなにかを堪えるように握り拳に力を込めると、僕を睨み付ける。 「……もういい、頼まねえよ。俺は鈴木のこと、本当は良い奴なんじゃないかと思ってたけど、俺の勘違いだったわ。俺だって普通は危ないことはしたくねーってのはわかるよ。けどさ、知り合いを平気で見捨てられるってのはわかんねえな」  それだけ言い残すと中村は峰岸が連れて行かれた路地の方へと人混みをすり抜けながら駆け出していった。喧嘩別れのような形で中村と帰路を別つことになるとは思ってはいなかったが、結果的にはこうなって良かったのかも知れない。これで中村が僕を嫌ってくれればもう僕に近付いてくることもないだろう。その方が僕は気が楽だし、おそらく中村のためにもなる。  ため息を一つもらして、僕はいつもと同じように一人で駅に向かって歩き始めた。  ──誰だって趣味の一つくらい持っているものだと思う。  ただ俺の場合は、ほんのちょっとだけその趣味が他人より変わっているだけだ。死んだ親父が俺にいつも言っていた『一日一善』なんて言葉を、俺は親父が俺に遺した教えだと思って実行してきた。その結果として、今じゃ人助けが趣味みたいになっているってだけだ。 「んんー、結構あったなぁー」
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