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あと少しでハンカチに触れる時、突然目の前が薄暗くなった。
でも停電ではない。
薄暗くなっただけでハンカチの位置はわかっているし、少し離れたところには照明が燦々とあたっているから。
まるで私の場所だけ何かが覆い被さって照明を隠すかのような感じだった。
…ん?何が起きてるの?
それにこの香り…お日様みたいな優しい匂いがする。
私は今起きている事を不思議に思い一瞬手を止めたが、智が待っている事を思うとそんな事をしている場合ではない。
早くハンカチを取って話を聞かないと。
そう思うと私は慌ててハンカチを手にした。
…はずだったのに。
「あれ?」
私は手にした感触が想像したものではなかった事に不思議そうな声を出してしまった。
だって、この感触ハンカチ…いや布じゃない!
人の手だ。
そう。ハンカチを落とした瞬間、私の背向にいた男性も気がついたらしく拾ってくれていたのだ。
覆い被さるように感じたのは男性の体で、私より先にハンカチを拾っていた。
そして、その手を私が掴んだ。
「あわわっ!すいません」
私は自分のした事が恥ずかしくなり慌てて手を離すとその人は無言でハンカチを手元においてくれた。
本来ならここで顔を上げてちゃんとお礼を言うべきだと思うが、どうしても恥ずかしくて顔を見る事が出来ない。
だから私は視線を下に向けたままペコリと会釈すると小さくお礼を言った。
「ありがとうございます」
すると男性は「いえ」と無愛想に言うとくるりと体の向きを変えて、私に背を向けた。
そして何もなかったかのように連れの女性と何かを話している。
私は智の話を聞かないといけないと頭ではわかっていたけど、視線を外す事が出来なかった。
サラサラの黒髪に広い肩幅、引き締まった細い体がスーツをパリッと着こなしている。
顔も見てないのに、ハンカチを拾ってもらっただけなのに。
連れの女性もいるのに…何だろう?この人の事が気になる。
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