春の夜の出来事

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私は頭を早川の腕に乗せ余韻に浸っていた。ずっとこうなりたいと思っていた。夢の中にいるような気がした。 早川が起き上がろうとしたので私は頭をずらした。早川は俯せになりライターで煙草に火をつけた。 「早川さんの匂い……」 私は呟いた。 「ん?」 「煙草。」 早川が煙を吐き出しながら私の方に視線を落とした。 「早川さんの髪も手も胸もこの煙草の匂いがする。早川さんの匂い。だいすき。」 早川はパッケージを手に取って 「ごく普通の珍しくもない銘柄だけどな。」 と言った。 「早川さんの匂いが好きなの。」 私は言った。 「ずっと好きだった。初めて家で会った時から私意識してたの。」 早川は片肘で上体を支えながら煙草を吸っていた。目を細めるようなあの独特のつかみにくい表情。 「早川さんがうちに来るってわかったら大学はサボって行かない事にしたの。」 私は笑いながら言った。早川は煙草を消しながら 「いけない子だな。」 と言った。 「いけない子はこうしちゃうぞ。」 と言って私の脇をくすぐった。 「きゃあ、やめて。」 早川は私の上にまたがって私の両手首を両手で押さえた。笑いながら私を見下ろしていた表情がふっと変わって少し真面目な顔つきになった。そのままゆっくり私の唇にキスをした。 「俺もミズキちゃんに会うのをひそかに楽しみにしてたよ。」 早川はそう言った。 「誘惑するなんてやっぱり悪い子だな。」 そういいながら私の首筋に、肩に、鎖骨にキスをしていった。私は早川の骨張った背中に手を回して 「早川さんが好き。大好き。大、大、大好き。」 と言って抱きついた。
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