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悟は電話に出なかった。留守電に切り替わってしまう。このまま引き下がる気になれずまた鳴らした。
「なんだよ?仕事中に。」
怒りあらわな声で悟が電話に出た。
「話があるの。早く帰ってきて。」
悟の怒りのペースに乗らずに渇いた低い声で言った。
「無理だよ。わかるだろ?急に仕事中に電話してきてそんな大事な話か?切るぞ。」
悟は本当に切りかけた。
「恵に会った。」
私は言った。一瞬風が抜けるような間があった。
「恵?あ、そう。それで?元気だった?よかったじゃん。久しぶりに。」
悟はその場を切り抜けるように何事もないような言い方をした。確信した。間違いない。クロだ。
恵の話が嘘ならこんなことで電話したらもっと怒るしもっと違う反応になるのがいつもの悟だ。
悟が嘘をついていたり隠し事をしているのはわかる。悟が巧妙に息を潜めて私の反応をうかがっているのが感じられた。
「何もかも全部聞いた。」
私は淡々と言った。悟は黙っていた。やはり事実だったのだ。
「黙ってるんだね。何か言ったらどう?」
私は言った。
「とりあえず帰ってから話そう。仕事中だから。切るよ。」
その口調にさきほどのような強気さはない。悟は逃げるように電話を切った。
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