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「ミオ……」
やがて沈黙を破って悟が口を開いた。
「戻ってこいよ、ミオ。」
悟の声はほとんど優しげだった。こんな柔らかなトーンで悟から呼び掛けられたのはここ何年もなかった気がした。
「ミオ……」
私は黙っていた。
「8年以上も一緒にやって来たんだぞ。相性が悪かったらそんなに続かないだろ?結婚したがってただろ?俺と。するつもりで待ってたんだろ?」
その通りだった。私はずっと悟からのプロポーズを待っていた。記念日の度に期待した。
悟の誕生日、私の誕生日、クリスマス、バレンタインデー、同棲して一年経った日、悟の昇進が決まった時。
期待が裏切られる度に次の記念日に期待した。最近はもうすぐ来る悟の30歳の誕生日を待っていた。
「やり直そう。」
悟が受話器の向こう側で言っていた。私は何も言えず黙っていた。
「一人になる時間が必要なら待ってるから。戻ってこいよ。」
(そんなつもりはないから……)
それを口に出して言いたかった。そのかわりに出てきた言葉。
「鍵、送るから。」
「返さなくていい。まだ荷物も残ってるし持ってろよ。」
「荷物は捨てて。じゃ。」
私はそのまま電話を切った。
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