62.ブルジョアジー

8/9
前へ
/35ページ
次へ
「暑かったでしょ?どうぞ召し上がって。」 母はグラスをリュウの前に置いて言った。 「すみません。いただきます。」 リュウはそう言ってグラスに口をつけた。緊張しているようだった。 「なかなかご挨拶に来られなくてすみませんでした。こんな時になってしまって。」 リュウは言った。 「いいのよ。お仕事もおありでしょ。今日はお休み?」 「はい。」 「よかったわ。休んでいただいたんじゃ申し訳なくて。 ごめんなさい、なんとおっしゃったかしら?お名前は。」 「池田です。池田龍一です。」 「そうだわ。池田さんね。池田龍一さん。この前うかがったわね。ごめんなさいね。歳をとるとなかなか覚えられなくて。嫌だわ。ごめんなさいね。」 リュウはかちかちに緊張しているように見えた。普段から親しくない相手と会話するのが苦手な彼は今や会話不能に陥っているようで可哀相になってきた。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加