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風が吹く。
パラパラと、本が捲れる音がする。
窓から射す夕日の光が、教室を赤く染める。
その中に一点、何物にも染まらぬ、オニキスのような瞳が見えた。
落とされた視線は、分厚い本へと向けられていて、伏せがちだった。
だからこそ長く、自然に上へと伸びる睫毛が目立って見える。
そして、目頭の間にはすっと通った鼻梁の線。
高く整ったその造形を壊さぬように、薄く弧を描いた桜色の唇。
絹のように光る黒髪は、風に煽られてもその造形美を邪魔しまいとしている。
――ただ、一人の少女が本を読んでいるだけなのに、目の前の光景は余りに現実離れしていた。
見惚れる、というのはこういうことを言うんだろう。
「僕」は自分が何をしようとしていたのかも忘れ、不躾にも眼前の「彼女」の顔を、ボーっと、いつまでも見続けていた。
ふと、「彼女」が視線を上げる。
そのオニキスの瞳が僕に向いた。
僕はまるで吸い込まれるようにその瞳を見つめる、
目を放すことが出来ない。何かの魔法に掛かったみたいだ。
僕が金縛りにあったみたいに硬直していると、「彼女」が微笑んだ。
決してそれは「ニッコリ」なんて笑い方ではなくて、仮に効果音をつけるとしたら、確実に「ニヤリ」になるような笑い方だ。
でも、その笑いはビックリするほど自然で、「これがこの人に一番に合う笑い方」だ、と、そう直感した。
机の上に座る「彼女」は、極めて気楽に片手を上げ、こう言った。
「やぁ、少年」
その一言だけなのに、「彼女」が声を発した瞬間、この教室が彼女の物になった気がした。
彼女の為だけの、舞台になったような気がしたんだ。
「道にでも迷ったのかい? 案内してあげようか?」
返事は出来なかった。雰囲気に呑まれて、言葉が出なかったのもあるし、そもそも、僕の舌は緊張で乾ききっていて、言葉を発せる状態じゃなかった。
「一体何処へ行こうとしてた? 職員室? 保健室? それとも――」
彼女はわざとらしく逡巡した素振りをみせてから、ふわりと床に降り立った。僕より身長が高い。いつの間にか持っていた分厚い本は開いたまま寝かされている。
「それとも――この、『奇怪千万同好会』の部室かな?」
恭しく腰を折り、目線を僕と合わせてから、彼女はまた、「ニヤリ」と笑った――――。
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