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――文章は遡り、物語は冒頭へ戻る。
「……おや? どうした少年、大丈夫か?」
僕はその言葉に、尚も反応することが出来なかった。いや、そもそも耳に入っていたのかどうかすらも怪しい。
何故なら、僕はまだ夢うつつで、目の前の彼女が本当に現実に存在しているのかにすら、確信を持てずにいたのだから。
目の前の――今も僕の正気を確かめるかのように、顔の前で手を振っている――彼女は、学校指定のセーラー服を着ていた。胸元のリボンは赤く、生地は紺色。スカートは膝下30センチの丈で、靴下は同じく紺色……おそらくはハイソックスだろう。上履きには「カキザキ レイコ」と丁寧な字で書いてあり、上履きが青いことから彼女が上級生――2年生だということがわかる。
この中学校では学年毎に上履きの色が決まっており、今年度は3年生は赤、2年生は青、1年生は緑となっている。赤色の3年が卒業すれば、来年度の新入生はまた赤色の上履き、という具合に、3色をローテーションして、学年をわかりやすくしている。それのせいで先輩には気を使わなきゃいけない雰囲気があるから、善し悪しではあるのだけど――。
「おーい、少年ー?」
――そこまで思考を脱線させてから、やっと意識が戻ってくる。
「ひゃ、ひゃい!」
いきなり現実へと引き戻されたことで、僕は思いっきり裏返った声で返事をしてしまった。それを聞いた彼女は、一瞬だけ「きょとん」とした後、すぐに噴出し、口を手で抑えて顔を背け、笑い始めた。
「クククク……フフ……ひゃい、ひゃいって……ククク……」
それは、いくら聞いていても飽きないような、小気味好い笑い声だが、自分の醜態が原因となると些か事情が違ってくる。“クク、ククク……”と、一向に止まる気配の無い笑い声に、僕は羞恥で顔を染めた。
(は、恥ずかしい……)
赤くなった顔を隠すように俯き、学ランの裾を引っ張る。もう、いっそ消えて無くなりたい気分だ――。
僕が小さく縮こまっていると、彼女が見かねたのか、声を掛けてくる。
「ク、ククク……いや、すまない、君が余りにカワイイものだから……」
彼女は笑いを抑えてそう言うと、僕の頭を「ぽんぽん」と軽く叩く。――完全に子ども扱いされている。
「それで、少年? 君はどこに行こうとしてこんなところに迷い込んだのかな?」
今度はにっこりと笑い、彼女は僕に問いかけた。
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