プロローグ

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―――― 「す、すいません、わざわざ……」 あの後、僕は彼女の笑顔に今日二度目の硬直を体験し、しかし一度目と比べると格段に早く正気を取り戻した。彼女が声をかけて来る前に意識を取り戻せた為、変な声も出さず、きちんと自分の目的地を告げられた。――緊張で、多少声が若干上擦っていた気もするが、きっと気のせいだろう。気のせいということにしたい。 「いやいや、気にすることは無いさ。この学校は広いからね」 目の前の彼女――柿崎 怜子さんは、僕が自分の事情――転校して来たばかりで勝手がわからないこと、先生に呼ばれていること、など――を話すと、深く頷き、「よし、連れて行ってあげよう」と、案内を申し出た。 僕は何処に在るかだけ教えてくれればいい、と一度は断ったのだけれど、「これも何かの縁だろう?」と、結局は職員室まで連れて行ってもらうことになった。――僕は押しに弱いのである。 そんな経緯で、僕は緋に染まる廊下で、レイコさんの半歩後ろを歩いている。 「……しかし、こんな時期に転入とは珍しいね? 普通、学期初めとかだろうに」 静かに前を歩いていたレイコさんが、顔だけを僕に向けて言う。その質問は何度も尋ねられた。ある意味安心感を持ちながら、僕はテンプレート化した答えを返した。 「まぁ、普通はそうですよね。僕はちょっと、両親の仕事の都合で……最近こっちに越してきたんです」 実際、僕は両親がどんな仕事をしているか知らない。ただ、同じ仕事をしていて、それなりに忙しく、二,三年に一回ほど転勤する、ということだけは、これまでの人生でわかっていた。だから、僕にとって転校するのはなんら珍しいことではない。――その所為か、何処へ行っても「どうせ二年もしたら会えなくなるだろう」という意識が付きまとい、他人との交流に遠慮がちな性格になってしまったのだがそれはそれとして。 レイコさんが口元に手を添え、思案顔で呟いた。 「ふむ……それじゃあ、この学校の“七不思議”なんかも、知らないのかな?」 半ば独り言のようなそれを聞いて、僕は顔に困惑の色を浮かばせる。 「“七不思議”? っていうと、トイレの花子さん、とか?」 噂に疎い僕でも知ってる“学校の七不思議”の名を挙げると、レイコさんは微笑ましい物でも見るかのように目を細めた。 「そう、そんなような物がこの学校にもある。一つ目は――――」
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