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夕威がこの地を訪れた時には、すでに業火に焼かれた後だった。
焼け焦げた家の残りや、かつて畑だった景色が、彼の瞳の中に映る。
彼は黒くなった道を歩きながら、その光景に眼を細めた。
此の地はかつて、神楽という国だった。
小国ながら、人民の公平さに力を入れる王族が、国を支えていて平和な、国交も豊かな国だったのだ。
しかし、この国には武力が足りなかった。
平和を望む余り、他国の様な近代兵器を拒んでいた。それが良好な状態なら良い。だが国王が病に伏せ、代わりに王女が国政を行い始めた時に、隣の国が野心を起した。
王女は、孤軍奮闘したと聞いている。
国は千路に乱れ、戦乱はあっという間に王族たちへの不満につながった。
国の中からの反逆と、隣国の兵器に押され。
神楽という国は、この世界からその名を消した。
かつて王城だった建物に、夕威が足を踏み入れる。
彼の靴音があたりに響く。
壊れたと言っても、石で作られた建物はいくらかの形を残していた。
中の物品は、とっくの昔に野党盗賊に持ち去られた後だが。
彼の探し物は、それではなかった。
彼の黒髪が、風にサラリと音を立てる。
何かを探して動いていた彼の黒い眼が、一点を見つめて止まった。
黒衣の袖口から見える白く細い手首が、ゆっくりと持ち上がる。
瓦礫と化した、壁の影に、何かが蠢いた。
それは、パッと見は何かの虫のように見える。
しかし、あからさまに虫ではない。
違いがある事はそれを見た人なら、誰でも分かるほどの形をしていた。
石の影に蠢く、その蟲に似た何かに手を差し伸べると、夕威が口を開く。
静かなアルトの声が、崩れた瓦礫の間に響いた。
「…良ければ、僕と一緒に来ないか?」
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