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太陽と月がめぐる円盤の中央に、銀色の針が時刻を示している。
約束の時間には、余裕で間に合いそうだった。
夕威が懐中時計の蓋を閉めると、ラシェルが見上げてくる。
少女に微笑むと、夕威はまた窓の外を見た。
草だけが遠くまで生えている、草原地帯の風景。
この先にある町で、彼の手を必要とする事が起こっているとは思えないほど、穏やかな景色だ。
頬杖をついた夕威の顔の横で、髪に付けた玉飾りが僅かに揺れる。
黒髪に付けられたそれは、窓から入る光を反射して鈍く光っていた。
向かいのラシェルが、夕威の足を軽く触る。
「どうしたの、ラシェル?」
夕威が聞くと、ラシェルはじっと夕威を見つめる。
その眼を見て夕威が頷いた。
「…うん。そうだね、ラシェル。僕もそう感じるよ。」
「マタ、ナニカメンドウゴトカヨ。」
ラウがそう言うのを、夕威は笑って聞き流した。
面倒事がなければ、自分は必要ないのだから。
汽車の汽笛が、数回響く。
降りるべき駅が近くなったのだと、乗客は身支度をしだす。
夕威もラシェルに上着を着せて、降りる用意をしだした。
降りた駅は小さな駅舎がある、古い木造の駅だった。
ラシェルに合わせてゆっくりと歩く夕威の前に、一人の人影が立つ。
夕威がその人物を見ると、彼は背中に背負っている大きな布袋から、人の身長ほどもある弓を取り出した。
美しい優美な形をしたその弓に太い矢をつがえて、彼は夕威に矢じりと指先を向けて構える。
薄く靄が立ち込める駅で、夕威はその人物とわずか数メートルの距離で相対していた。身じろぎもせずに立っている夕威に、相手の方が少し怯んだ声で聞いてくる。
「…怖くないのか。」
夕威が答える前に、ラウが口を開いた。
「オイ、マタオマエノファンカ?」
その言葉に苦笑してから、夕威は目の前の襲撃者に声を掛けた。
「…君は?」
冷静な夕威の声に、襲撃者の方がグッと言葉に詰まる。
「…俺は数羅。…神楽国の数羅だ。お前は神楽国に行っただろう。」
夕威が首を傾げると、ラシェルの腕の中のラウがまた口を開く。
「アノクニニイッタノハ、ズイブンマエダゾ?」
数羅が口を閉じる。
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