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「センセイ、聞こえてます?アイスと桃どっちが良いですか?」
台所から聞こえたその声に顔を上げれば、『練乳ミルクバー』の箱と、こぶし大の桃を手に頬を膨らます相川が立っていた。
…………。
練乳ミルクバー、ヤバいから。
「あ、俺、桃が良いかな。悪いね、手間取らせて」
いや、学習能力くらいありますよ俺、大人ですから。
「いえいえ、おかーさんに、"あんたは社会の成績悪いんだから、せめて桃でも剥いて、ポイント上げときなさい"って……」
「んなもんで、ポイント上がるかっつーの。成績上げたきゃ勉強しろよ。学生の本分は勉強」
よし、釘刺しはこれで完了。
どうやら俺は、変な幻を見ていたようだ。
その証拠に、俺も相川も着衣に乱れは無いしな。
うん。
ただ、妙にリアルだったなアレは……。
思い出せば、何となく下半身が変な気分になるが、ダメだ、ダメだ。
俺は一度大きく深呼吸をする。
「はい、センセイどーぞ」
目の前に置かれた硝子の器には、何故か洗っただけで水滴が滴る桃があった。
「剥くと、果汁が流れちゃうから、自分で剥きながら食べてくださいね」
「なにそれ、ポイント付かないからって嫌がらせか?」
「いやいや、それは気のせいですよ、さ、どうぞセンセイ、ぬるくなりますよ~」
文句を吐く俺の横で、器用に桃の皮を剥く相川は、白っぽい果肉が現れると、それをパクっとかじる。
溢れる果汁がその唇を濡らして、ぬらりと光った。
…………。
まあ、男なんて単純だ。
第一話 陽炎の悪戯
――完――
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