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うまく言えないけれど、以前とは違う。何かが。
野上さんに何か声をかけられて、稲葉がひそやかに笑う。俺が見たことのない笑顔だ。
あんな風に笑うのか。
まるで花が開くみたいだ。
俺は刑事になれるかもしれない。
稲葉限定で。
ずっと抱えていた案件が片付いた日、とりあえず缶コーヒーで祝杯を上げていると、今から飲みに行こう、という話になった。
急に決めたので女の子が少ないと大谷たちがぼやいていると、休憩室の前を歩く稲葉を見つけて必死に誘いだす。
他の子たちのように軽く応じない稲葉にまたいらいらさせられる。
なんなんだ、こいつ。
野上さんには、あんな笑顔を見せるくせに。
思わず声をかけて、お高く止まっているともう誘ってやらないぞ、と言ってしまう。
稲葉はきっ!として、
「けっこうです!あなたに誘ってほしいなんて思ってません!」
と言い返した。
ヤローたちが歓声を上げ、大笑いしていたけど、俺はなんか衝撃で、複雑だった。
こんな風に感情に操られる自分を今まで見たことがなくて、戸惑っていた。
とりあえず、クールが売りだったのに。
何故だろう。稲葉に関しては、何ひとつ思い通りにいかない。
自分を見失うなんてかっこ悪いことは、したくなかった。
何も始まっていないのに、いきなりシャットダウンされたような気分だった。
いや、それは俺のせいか・・・・・。
**********
数日後の飲み会。海外との連絡のせいで少し遅れて到着した。
最近、まず稲葉の姿を探している自分に気づいて苦笑いする。
相変わらず坂口たちと楽しそうだ。・・・・と上げた視線の先には・・・・やっぱり野上さんか。
一瞬、2人の視線は甘く絡む。あれは秘密を共有するものの目だ。
半ば絶望感を抱きながら、俺は野上さんに戦いを挑みたくなった。
破れかぶれだな・・・・俺。
お疲れさまです、と言いながら野上さんの隣に座る。
「お疲れ。商談、うまくいったみたいだな。部長、褒めてたよ」
「ええ、おかげ様で」
ビールのグラスを合わせ、一気に半分ほど飲む。
「イタリアだっけ?ローマ?」
「いえ、ミラノです」
「そうか・・・。すごいな片岡。ニューヨークから帰ってきたばかりなのに、もう海外勤務希望してるんだって?」
「日本じゃ野上さんたちがいるから、海外に逃げてるんですよ」
「片岡もお世辞を言うようになったか」
野上さんは、あははっと笑った。
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