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「いや、本当にあの頃は、何ひとつ野上さんにかなわなくて・・・・焦ってました・・・・俺」
これは本音だ。今でも尊敬する先輩であることは間違いない。
「今は俺がかなわないよ。海外を飛び回ってる片岡が、時々羨ましくなる」
野上さんは、そう言ってちょっと遠い目をした。
そうだ。戦いを挑むんだった。昔話をしてる場合じゃない。
「野上さん」
「ん?」
思い切って言った。
「アジア課の・・・稲葉ですけど」
「稲葉がどうした?」
意外そうな声だった。
「稲葉・・・今フリーですよね」
一瞬、野上さんの瞳が揺れた。
やっぱり俺は刑事になれる。
「さあ・・・どうかな・・・何故だ?」
「俺・・・・稲葉が気になるんです」
「え・・・・・?」
「好きなんです」
迷いながらも口に出すと、それはずっと前から分かっていたことのような気がした。
「なんで俺に告白する」
野上さんは見事なくらい一瞬で立ち直った。
「お前は、稲葉に振られたって聞いたけどな」
ここで笑えるのは凄い。でも目が笑ってなくて若干怖い。
俺もにっこり笑った。
「ええ、まあ想定内です」
目をそらしたら勝てない気がした。
「片岡がそう言うってことは、勝算があるのか?」
「いや・・・・これからです」
俺はグラスを一気に煽った。
野上さんは、何も言わなかった。
この人から稲葉を奪いたいと思った。
男として勝ちたいと思った。
**********
<再び、亮太目線>
片岡・・・・何の宣戦布告だ。
ぎり、と自分の奥歯を噛み締める音が聞こえる。
これから・・・どうする気だ・・・とは聞けない。
片岡は仕事もできるし、見た目もいい。まあ、無愛想なところはあるが。
何より、独身だ。
いや、しかし、それとこれとは別だ。
澪の話題には驚いたが、まさか片岡の告白を聞かされるとは思わなかった。
そんな話、今まで1度も澪の口から聞いたことはない。
片岡が振られた話は噂で聞いていた。
でもそれは、飲み会の誘いだったはず。
何でこんな話になってる・・・?
澪は・・・・どうなんだ。
澪は揺れないでいてくれるのか。
何故か不安になってくる。
俺は澪に何か与えることができるのか・・・・。
休日の予定も、未来の約束も、何ひとつ与えていない。
奪うだけで、何もない。
俺が与えているのは刹那の幸せだけか。
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