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「いや、稲葉が振ったって話は聞いてたけど」
「違うんです。いや違わないんだけど。あの人って本当に感じの悪い人で。私のこと嫌ってるから、いつも意地の悪いこと言われてるんです」
なぜか早口で、しかも弁解口調になる。
「嫌ってる・・・・?」
「そうなんです。だから私もつい腹が立って・・・・課長?!」
近づいてきた彼に、いきなり抱き締められた。
「もう言わなくていい」
「え?・・・・でも」
「他の男の話をするな」
話したのはあなたが聞いたからです。と思ったけど何も言わなかった。
抱き締められた腕にぎゅっと力が込められたから・・・・。
「課長・・・・?」
「課長って呼ぶな・・・・って言ったろ・・・・?」
「・・・・・・亮太」
「うん・・・・・・」
「どう・・・・したの・・・・?」
彼はやっと身体を離して、私の瞳を覗きこんだ。
「澪・・・・お前は俺のものだ」
燃えるような瞳で、甘くて低い声でそんなことを囁かれて、抗える女がいたら教えてほしい。
「うん・・・・」
彼の指が首筋をとらえ、そのままぶつかるように唇が重なる。
それは何度も何度も繰り返されて、もう立っていられなくなった。
「澪・・・・・愛してる」
切ない彼の囁きは、抱き上げられた腕の中で聞いた。
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<航目線>
最初から、なんとなく気に入らない女だった。
赴任してきてすぐ目に留まったのは、白いブラウスに清潔感を感じたせいか。
いやしかし、白いブラウスは大勢いる・・・・・。
強いて言えば、笑顔を向けられることも、話しかけられることも全くなかったからか。
まとわりついてくる女は鬱陶しかったが、俺の視線に全く反応しない女も珍しかった。
無視かよ・・・・・。
後輩の大谷に探りを入れてみると、隣のアジア課の稲葉というやつらしい。
仕事ぶりは真面目で、色気ないけど、けっこうさっぱりした奴です。酒はかなり強いですよ、という話だった。
「え?片岡さん気になります?珍しいですねー?誘いましょうか?」
「いや、いい」
特に興味をひく内容でもなかった。
なのに、何故か目で追っている自分に気づく。
確かにくるくるとよく動く。うちの課の男どもにも「澪ちゃん」などと呼ばれ、笑顔を見せている。
何故か、気に入らない。
稲葉を見ると、なんだかいらいらするようになった。
あいつ・・・何を見てる・・・んだ?
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